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VOICE

VOICE 来福した旬な著名人にお話を聞いてきました。

  • PEOPLE
  • 2009.10.1 Thu

VOICE TITLE

vol.11 Arthur Hollands

牧師

INTERVIEW

  • アーサー・ホーランド[Arthur Hollands]
    牧師
    1951年、大阪府生まれ。日本でハイスクールを終えた後、父の国アメリカへ。全米レスリング選手権チャンピオン(サンボ)2回、パンアメリカン選手権大会銀メダル。全米柔道選手権3位。23歳で洗礼を受け、牧師となる。1982年に伝道のため帰国。1988年、ソウルオリンピック選手村の公認チャプレンをつとめる。1989年、新宿歌舞伎町でのユニークな辻説法が話題になり、そのユニークなスタイルが本になる。1992年、日本列島横断十字架行進を決行、7人で150日間、数十キロの十字架を担いで走破する。後に韓国・アメリカでも同様のパフォーマンスを繰り広げ、数名の元暴力団員が行進に参加。その様子を時事、共同、UPIなどの通信社が配信し、日本のマスコミが「刺青伝道」と評し、話題を集める。1997年、モーター・サイクル・クラブ「ザ・ロード・エンジェルズ」を設立し、北海道から沖縄まで日本全国7支部を展開。多くのバイカーのフォロアーを持つ。現在、アーサーホーランドミニストリー主宰。多方面に及ぶモチベーター・講演者として、企業・学校・団体において活躍。ユーモア溢れるトークと生き様は「価値ある人生」の再発見を与えるきっかけとして多くの聴衆を魅了し続けている。一方、モデル・俳優としてもマスコミや映画などに出演。年間約5万㎞を愛馬ハーレー・ダビットソンとホンダ・ゴールドウイングで全国を駆け巡り、年間200回を超える講演をこなす。
    アーサー・ホーランド公式サイト

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人間って、勝ち負けの優越感と劣等感の狭間の中で色々考えさせられるんじゃないかな?

まずは、アーサー・ホーランド氏ご自身のことについてお尋ねしたいと思います。数ある職業の中で、どうして牧師という道を選ばれたのでしょうか?

牧師というと、そのルーツやバックグラウンドがあるので、どうしてもキリスト教になっちゃうんだけれど…。僕自身はある部分、宗教を脱皮していて、「牧師」は肩書きとして付きまとう部分だと思っています。宗教と、普遍的なスピリットというのは決して同じではなくて、だからそういう意味では宗教からかなり脱皮してしまっているんだよね。バイブルは、あるぼやけていた部分にピントを定めてくれるものとして、愛読しています。

アメリカにいらっしゃるときに洗礼を受けられたのですよね。

当時の僕は23歳で、アメリカでオリンピックの柔道の代表選手になろうとしていて。でも勝負の世界はどうしても勝ち負けだからね。僕の父親は「勝てば人は認めてくれるけど、負ければ認めてくれない」っていう価値観を持った人だったんだけれど、僕自身もその価値観をそのまま受け継いでいて。人は皆がそう考えていると思い込んじゃってしまっていた節もあったんだよね。そうして勝負の世界の中でその価値観が狂わされていった。勝っているときは僕のアイデンティティは守られるんだけれども、負けたときに自分の価値ってなんだろうって、逆に自分に劣等感をもたらしてくるんだよね。人間って、勝ち負けの優越感と劣等感の狭間の中で色々考えさせられるんじゃないかな?自分がやっていることに対して、これでいいのかな?とか考えたりね。

自然界で感じたスピリットと、このおじいちゃんおばあちゃんが言葉で僕に投げかけてくれた言葉の背後にある真心のスピリットが、点と点が線で結びついたように繋がって、すげえって思った。

勝負の世界に身を投じていたことが、きっかけになったのですね。

それだけじゃないけどね。僕は昔から自然界がとても好きでね。そういう時期に、アメリカのハンティングトンビーチというサーフィンスポットの浜辺に座って、太陽が水平線に沈んでいくのを感じて…でも後ろを振り返れば人間の作った工場の煙突から煙が出ている。人間が作るものは形だけで、命は伝わらない。僕は挫折したことを通して、自分の中に眠っていた肉眼で見える世界から、心で何かを感じる世界へと、心のアンテナが何かを受信するようになったんだと思う。それを宗教家は信仰心というのかもしれないけれど、それって人間みんなが持っているものだと思うんだよね。 そんなことを考えていたら、一週間のうちに、僕の柔道の恩師…岡野功という東京オリンピックの金メダリストだったんだけど。その先生を僕は師匠として、男として、すごくリスペクトしていて。その恩師から電話が掛かってきて、「アーサー、アメリカ人の女性と結婚したから、サンディエゴに来たら遊びに来い」とね。だからサンディエゴに行って、その奥さんとご両親に会ったんだけど、そのご両親が教会の牧師だったんだよ。それで明日教会に来いって言うから行って。当時の俺は聖書の話もよくわからない、賛美歌は聴いたことあるな、くらいのものだったんだけれども。その後に「交わり会」っていうのがあって。おじいちゃんおばあちゃん達と話すんだけど、みんなすごく目が輝いてて、すげえ優しいんだよ。「アーサーよく来たね」って優しい言葉をかけてくれるの。「なんて格好で教会に来たんだい!」なんて言わない。そのときに、自然界で感じたスピリットと、このおじいちゃんおばあちゃんが言葉で僕に投げかけてくれた言葉の背後にある真心のスピリットが、点と点が線で結びついたように繋がって、すげえって思った。俺が一週間前に(浜辺で)感じたスピリットと似たようなものを、このおばあちゃん達が持ってる!ってね。枯れ木の腕のような腕で、ケーキとコーヒーをふるえながら持ってきてくれるんだよ。もう、ものすごいエネルギーを感じたわけ。このおばあちゃん達はクリスチャンで、ジーザス(神)っていう存在を信じているんだけれども。その存在のことをよくわからない僕にも、親切に教えてくれた。

勝った負けたで、俺の存在意義は変わらない。

僕は「どうしてキリスト教は十字架なんだ」と教えを乞うた。すると、「神様っていう普遍的な存在がアーサーを愛しているよ。でも、アーサーが愛を体験できないのは、自分本位に生きてるからわからないんだよ。それを罪って言うんだよ。でもそういうものを取り去るために十字架があるんだ。」と言われたんだよ。そのときはやっぱりわからなかったけど、イエスって存在がすごく優しそうだなということはわかった。それが俺のハートの扉をたたいたような気がしたんだよね。俺は魅力的な自然界と、魅力的な人間を通して、見えない大いなる存在を意識した。それが俺にとって、たまたまジーザスだったわけさ。僕はその牧師の下で、人に強制されたわけじゃなくて自分が魅力的だと思ったものを信じてみようと。これに賭けてみようと、なんとなく心が動いたんだよね。それからその日に洗礼を受けて。それからバイブルをがむしゃらに読んでいけば、ぐいぐい心に響いてきて。それから、生き方が楽になったんだよね。「勝った負けたで、俺の存在意義は変わらない」と。そして、物事をバランスよく見れるようになったかな。

自然と一体になって都会の持つ邪気をある部分吹き飛ばしながら心を新たに旅をしているっていう感じかな?

アーサー・ホーランドといえば、革ジャンにハーレーという風貌が定着していますが、移動は全てバイクでされているのですか?

今日は来なかったけどね。(笑)今日も本当はバイクで来たかったんだよ。来週・再来週はバイクで北海道に行きます。東北道をまっしぐら、青森からフェリーに乗って、旭川をずーっと回って。帰ってきて秋田を回って、青森を回って…それから大阪に行って次に東京を回るっていう。8月はそういうスケジュールになってるかな。

移動時間もかなりのものになるのではないですか?

そうね。バイクは大体、年間5万km…日本列島14〜15回縦断。アメリカなら年間9回くらい横断、今まで走った距離になると地球10周。でも、インスピレーションはみんなそこからくるからね。僕にとっては動く茶室みたいな。バイクに乗ると「自分は北海道のあそこに行く」って、目的地が定まってて、そこに僕がハンドル握って向かうってところがいいんだよね。その風景…、山とかに入っていくと自然を感じることができるから。たとえば栃木の那須高原とか、青森の岩木山とか。那須高原なんかは、俺が5月に行ったときは25℃くらいだったんですよね。しかし、北海道に入って函館から山中峠に入ると、そこはマイナス5℃なんですよ。30℃の温度差を12時間のうちに感じて。サンテグジュペリが言ったように、「大地が、万巻の書より多くを教える」ってね。自然界がメッセージをくれるんですよ。自然と一体になって都会の持つ邪気をある部分吹き飛ばしながら心を新たに旅をしているっていう感じかな?そうするとね、何か…バランスが保たれるんだよね。

全国各地を回られていると思いますが、福岡にはどのくらいいらしたことがあるのですか?

この辺には教会を回っていた頃にもしょっちゅう来てたよ。最近は一般的な講演会が多いね。

福岡のお好きな場所やお好きな食べ物はありますか?

長浜のとんこつラーメンとか好きだよ。

言葉っていうのは手段で、大切なものは言葉の背景にある魂だから。

アーサーさんのブログを拝見しました。強いメッセージ性をもったブログであると感じたのですが、とくに毛筆で書かれた

詩集が印象的ですね。詩に書かれているフレーズは、ご自身の中から湧き上がってくるものなのでしょうか?

いやいや、お恥ずかしいですけれども。詩にもいろいろな形があるけれども、自分の言葉で自分が感じるままに書いています。言葉っていうのは手段で、大切なものは言葉の背景にある魂だから。言葉はその道具だと思う。しかしスピリットっていうのは伝えるのに道具が必要だから。その手段としてね、言葉を使っているんですよ。小さい頃は勉強なんてしなかったけど、でもみんな心の中を表現する自由はあって。要は伝わるか伝わんないかだと思うんだけど。…伝わった?(笑)

伝わりました。

言わせちゃったかな?(笑)

いえ、素敵だと思います。それに、毛筆で書かれていることによってより魂がこめられているように感じました。

筆って、毛がたくさん集まって束になってるじゃない?あっ。俺が今時間があったら一番やりたい事がね、硯に水を張って墨で摺ること!あれ黒くなるまでに時間が掛かるんだよ。でもね、その部分にいろんなことを考えることができるね。墨って自然のものでしょ?筆も、動物の毛で作ってあるものでさ…。で、毛筆のことだけど。筆ってね、書くとき落ち着いてないと震えるの。俺、よくアメリカで講演会やるときにね、まず最初に白い紙に今日自分が感じている気持ちを書くんですよ。集会の前に心を落ち着けなきゃって思うんだけど、震えるんだよね。そこで「ああ俺落ち着いてないんだ」ってわかる。筆は心の中…スピリットをすごく伝えるんだよね。ペンや鉛筆はひとつの線だけど、筆はスピリットを伝える手段としてはすごくいいと思う。だからやってるんだけど。字がきれいとか汚いとか、そういうのは考えないようにして。きれいに書こうとすると、下手になるから。「きれい・下手」と「美しい」はまた別の話だと思うからね。美の求道者なんでね。(笑)でも、それって難しいよね。永遠のテーマかな。

ブログの中に和歌、文学作品の引用も多く見受けられますね。とくにお好きな作品は何ですか?

僕は、夏目漱石の表現力って好きなんだよね。「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。(草枕)」また、『虞美人草』では美しい女性を表現するのに紫の花に喩えるんだけど。「紅を弥生に包む昼酣なるに、春を抽んずる紫の濃い一点を、天地の眠れるなかに、鮮やかに滴たらしたるが如き女」ってね。こういう表現ってすげえなぁって思うんだけどね!もちろん難しいなとは思うけど、とにかくアーティスティックで。昔の日本人は今よりも自然に対する感性って鋭いものがあったんじゃないかな。

日本を代表する文豪ですものね。

今は便利で安全で生活しやすくなった。それはそれでいいんだけれども、日本人の日本人らしさって何だろう?って思うよ。でも、そういう日本人の感性って二千年もの長い間も、DNAの中に伝達されてきてる部分だとも思う。過去には戻れないけど、先人達がこの無情なる人生の中で生き方や成就ってものを見つけながら生き抜いてきた中に、自然とのリレーションシップがあって。俺はそういうものを表現したいって思うわけで。そして、そういうところをちょっと意識するだけで、現代が抱えている問題を脱皮できる部分って意外と多いんじゃないかな?

人間というものは最善と最悪の表裏一体のものだけど、易きに傾きやすいからね。願わくば最善のほうに一歩でも進んでいきたい。

毎年数多くの講演で全国を回られる傍らで映画にもご出演されたりと、幅広くご活躍されていらっしゃいますが、アーサーさんを動かす原動力は一体何なのでしょうか?

僕の人生の目的っていうのが、「己自身の完成」と「人々の幸せ」だと思うんだよね。俺自身が完成していく中で、人にとって良いもの…徳を高められるものを提供していきたい。戦いは自分の中にあります。自分の中にはマイナスに動こうとする自分も居るし、そういうのも自分だと受け止めながら。人間というものは最善と最悪の表裏一体のものだけど、易きに傾きやすいからね。そして、人生って無情なことや難儀なことが多い。でもそういった中で、いかに心の中に静けさや大切なものを見失わない自分を持ちながら生きていくっていうのが、みんなに共通する人生のテーマじゃないかな。願わくば最善のほうに一歩でも進んでいきたい。だからたくさんの人に、同じ生きてる人間として体験を踏まえてエールを送っていきたいなと思う。俺が何かを教えるっていうよりも、たぶん答えを見出すものってみんなの中にあって、それを揺さぶる気づきを与えられればいいなと思うよ。僕は求道者だから、そういう求道的なものの見方を、ある意味では感染させていけたらいいなって。

1992年の日本列島横断十字架行進(7人で150日間、数十キロの十字架を担いで走破)韓国・アメリカでも同様のパフォーマンスをされたとのことですが、この行進をやろうと思い立ったきっかけは何だったのですか?

当時、僕は日本中の教会を回って講演をしていたんだけど。一般的に牧師というのは建物を拠点にするんだけども、僕は建物を持たない主義で。僕の教会はこの自然界であり宇宙だと思ってやっているものだから。…そうやって日本中を回っていたんだけど、日本はこの150年の歴史の中で、クリスチャンが1パーセントしかいないんだよね。そこで、人が教会に来るのを待ってても来ないなら、出て行くことが必要かな、と。僕が育ったのはちんどん屋と紙芝居の時代だったせいかな。ちんどん屋は町を練り歩く、紙芝居は自転車に乗っていろんなところに見せに行く。そういう発想で、教会に来ないなら、教会のシンボル十字架を担いで持って見せに行く、と。そうやって道端で説法をしながら、夜は講演会をしながらっていうのをやり続けて。韓国で行進をやったときに、当時の農林大臣が俺に興味を持ってくれて。アメリカのカーター元大統領を呼んで、和解の交渉をやったときに俺の十字架を使ってくれたりしてね。これらは自分なりのスピリットでどうしてもやりたいからやったんだけれども。

次回は予定しているのですか?

もうね、同じことを繰り返しても、マンネリズムになっちゃうし。クリエイション(創造)とは不可能に挑戦し、それを乗り越えて新しい現実を作り出すことだというからね。だから、今までにやったことと同じことをやってもね。今と前ではスピリットは同じでも、表現の仕方が違うだろうから。だからそこからまたインスパイアーされたらやるかな?

最後に、今後の夢をお聞かせください。

よく言われるんだよね、夢って。(笑)今やってることを忠実にやっていれば、必ず次の道が見えてくると思うから。やっぱり、僕自身が完成することと、人々に幸せを与えること。それが僕の人生の目的なので。そのための表現は無限にあるわけですよね。そうやってたくさん表現しながら、伝えていきたいなと思います。

INTERVIEW

  • アーサー・ホーランド[Arthur Hollands]
    牧師
    1951年、大阪府生まれ。日本でハイスクールを終えた後、父の国アメリカへ。全米レスリング選手権チャンピオン(サンボ)2回、パンアメリカン選手権大会銀メダル。全米柔道選手権3位。23歳で洗礼を受け、牧師となる。1982年に伝道のため帰国。1988年、ソウルオリンピック選手村の公認チャプレンをつとめる。1989年、新宿歌舞伎町でのユニークな辻説法が話題になり、そのユニークなスタイルが本になる。1992年、日本列島横断十字架行進を決行、7人で150日間、数十キロの十字架を担いで走破する。後に韓国・アメリカでも同様のパフォーマンスを繰り広げ、数名の元暴力団員が行進に参加。その様子を時事、共同、UPIなどの通信社が配信し、日本のマスコミが「刺青伝道」と評し、話題を集める。1997年、モーター・サイクル・クラブ「ザ・ロード・エンジェルズ」を設立し、北海道から沖縄まで日本全国7支部を展開。多くのバイカーのフォロアーを持つ。現在、アーサーホーランドミニストリー主宰。多方面に及ぶモチベーター・講演者として、企業・学校・団体において活躍。ユーモア溢れるトークと生き様は「価値ある人生」の再発見を与えるきっかけとして多くの聴衆を魅了し続けている。一方、モデル・俳優としてもマスコミや映画などに出演。年間約5万㎞を愛馬ハーレー・ダビットソンとホンダ・ゴールドウイングで全国を駆け巡り、年間200回を超える講演をこなす。
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