AFRO FUKUOKA

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VOICE 来福した旬な著名人にお話を聞いてきました。

  • PEOPLE
  • 2009.10.30 Fri

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vol.12 是枝裕和

映画監督

INTERVIEW

  • 是枝裕和[Koreeda Hirokazu]
    映画監督
    1962年、東京生まれ。1995年、初監督した映画「幻の光」が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2作目の「ワンダフルライフ」は、各国で高い評価を受け、世界30カ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。2004年、監督4作目の「誰も知らない」がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し、話題を呼ぶ。2006年「花よりもなほ」で〈仇打ち〉をテーマにした初の時代劇に挑戦。2008年には自身の実体験を反映させたホームドラマ「歩いても 歩いても」を発表、ブルーリボン賞監督賞受賞ほか国内外で高い評価を得る。同年12月には初のドキュメンタリー映画「大丈夫であるように -Cocco 終らない旅-」を公開した。

TEXT BY

STAFF
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今回は映画全体の美術をはじめ、全体の設計を今までとは全く変えています。

オリジナルストーリーにこだわってきた是枝監督ですが、「空気人形」の原作だけは例外と映画化を決意されたと伺っています。監督が原作に出会ったときの率直な感想をお聞かせください。

僕は漫画が好きでよく読むのですが、これは映画化できるなとか、ネタを探すために読むとか、そういったことを意識して読んだりすることはないんです。業田良家さんも昔から好きな漫画家で、「自虐の詩」を読んだ後、新作が出たなと思ってまた買って読み始めたのが「ゴーダ哲学堂 空気人形」でした。わずか20P程の短編漫画なので、そのまま映画にしても10分くらいにしかならないのですが、漫画の中では空気人形が自分でポンプを使って体を膨らませ、ビデオ屋で働いているんです。それでたまたま、テーブルかどこかに出ていた釘に体を引っ掛けて破けてしまう。シューっと萎んで倒れるというシーンがあって、空気人形を見かけた男が来て、その傷をセロテープで塞いでお腹の詮から息を吹き込んであげるっていう描写があるんですね。息を吹き込んでいる男の顔と、息を吹き込まれて恥らっている人形の顔のカットのみでコマ割りが構成されていて、それが非常にエロティックだったんです。このシーンが映画になったら、セリフは何もなく、しかも直接セックスを描くわけでないのに、息を吹き込む音と膨らんでいく体を映すことで、セックスそのものを描くよりももっと官能的な人と人との交わりみたいなものが描けるのではないかと思いました。

読んですぐに、創作意欲が沸いてきたということですね。

はい。それが、9年前。

これまではドキュメンタリータッチの作品が続いていましたが、今回はファンタジーな世界観のストーリーとなっています。監督が特に意識したことはどのようなことでしょうか。

今回、美術監督の種田陽平さんとカメラマンのリー・ピンビンさんと、初めてご一緒しました。前回の作品「歩いても歩いても」は、非常に日常的な空間が舞台で、普段僕らが交わしている言葉以上のものは使わない、日常会話だけで進んでいくストーリーだったんですね。ほとんどのやり取りが、歯ブラシやパジャマなどの日用品をめぐる話に徹底的にこだわっていました。ですから映画の中に描かれているものも光も色も、普段僕らが見ているものと地続きで世界観をつくっているんです。ただ今回は、〈人形が動き出す〉という大きな嘘のお膳立てをしなければならないので、これまでのように地続きでやってしまうと、人形が動いているのではなくペ・ドゥナが動いているようにしか見えない。そこで額縁を作るために、日常の色や光とは別に作り込もうと思いました。ですので種田さんとリーさんに参加してもらったのです。作品をつくる前に種田さんからは、「人形が動き出すためには、東京の街にある商店街を歩いていて、そこから1本路地を曲がって、それでもう1本くらい路地を曲がったつきあたりにあるマンションの地下1階の一室までいったところで、人形が動いていた方がいいんじゃないかな」と言われました。「自分たちの日常の空間よりもちょっと異界へ入って行かないと。そういうニュアンスの中で美術を作っていった方が人形は動きやすいはずだよ」とも言われて。その通りだなと思いました。その話を受けて「空気人形」では、東京の街とアパートというシチュエーションを選んでいます。今回は映画全体の美術をはじめ、全体の設計を今までとは全く変えています。

人形は、哀しくても泣けないから、朝来て泣いておくのだと。

「お人形さんのように綺麗」という例えがありますが、映画の中のぺ・ドゥナさんは本当にお人形さんのように美しく、みとれてしまいました。

僕もファンでした(笑)一緒に仕事をしたい女優さんは誰ですか?と聞かれた時は、大体「ペ・ドゥナ」と言っていたくらいのファンなので。とにかく演技が上手いなと思っていました。そしてとてもチャーミング。いわゆる韓国女優の美女という感じではない不思議な顔立ちなのですが、役を演じているときの表情は非常に豊かで、魅力的な女優さんです。何かの機会にご一緒できたら面白いなと考えていました。今回の脚本ができたときに、片言の日本語からスタートできる設定なので、(韓国人であるペ・ドゥナさんが演じても)言葉の問題はないし、日本人の女優にこだわることはないなと。むしろ〈心〉を持って初めて見る東京の街なのだから、外国の人に演じてもらった方が感情を自然に表現できるのかなと思い、ペ・ドゥナさんにオファーすることにしました。彼女はもともとモデルさんだから、写真集を見ると手足は長いし真っ直ぐだし、本当にお人形さんみたい。だから前半はお人形さんのように演じられるだろうし、途中から人間になっていくのは彼女の演技力でいけるだろう、と。

声にもとても魅力のある女性ですよね。

いい声なんだよね。非常に声の語尾のにじみみたいなものが、幅の広い方なんですよね。声は、女優さんだと特に大事だと思います。ぺ・ドゥナさんは、宇多田ヒカルさんとまでは言わないまでも、ああいったにじみの中で感情表現ができる人です。母国語でないのに、これだけ表現が出来るのは凄い。映画のキャッチコピーに「私は心を持ってしまいました。持ってはいけない心を持ってしまいました…」とあるのですが、この語尾の…にはこんな複雑な感情が入っているんだよと伝えると、その…に、自分で感情をにじますことができる女優なんですよ。それには驚きました。

監督が知る、ぺ・ドゥナさんの素顔の部分などあれば教えて下さい。

ぺ・ドゥナさんには、はじめメイクに2時間以上はかかるから、朝5時に現場に入ってもらっていました。手足から顔まで、全身に線を描かなきゃいけないから、凄く時間がかかっていました。ある日僕が「おはよう」とメイク室に入って声をかけたとき、ぺ・ドゥナさんが台本を広げてポタポタと涙を流していたんです。僕は何かあったのかなと驚いてしまってメイクの方に尋ねると「毎日こうなので大丈夫ですよ」と言われて。その日の役柄にもぐりこむために自分を深くそこへ重ね合わせて、毎朝台本を読みながら一度演じるらしいんだよね。自分の中で演じながらその場で泣いておくと、本番では泣かなくて済むから。本番だと人形は、哀しくても泣けないから、朝来て泣いておくのだと。

いい役者になったと思います、本当に。

今回は個性的なキャラクターを見事に演じきっていた俳優陣がとても印象深かったです。まずはARATAさんの魅力などお聞かせ下さい。

ARATAくんも声がいいんですよね。のどが太くて、とても響く声をしている。彼は本当に素晴らしい役者だと思っています。今回の役は、生活感のない非常に難しい役柄だったと思う。説明のない役柄でもあるし。そんなある種の不在感、確かに居るんだけれど居ない感じを見事に演じていました。どこか人間的なものを置いてきてしまっているその不思議さ、生活感の希薄な感じを彼の演技に求めたのですが、一見優しくて、でもちょっと怖い男として演じきっています。

ARATAさんはデビュー作でもご一緒されていますよね。俳優ARATAさんとして、どこか変わったと感じるところはありますか?

いい役者になったと思います、本当に。デビュー当時の彼は〈20代の美少年〉という感じで、いわゆるモデルさんでしたから、役者をやっていくという覚悟が彼の中にどのくらいあるのかがわからなかったですね。はじめは「洋服屋です。洋服をつくっています」って言っていましたし。ですがこれまでの10年間に、様々な役柄をやってこられて、一ファンとしての意見ですが、どの作品を観ていても、非常に印象に残る役を演じていますよね。素晴らしい役者だなと思って見ています。この数年で本人の中でも、役者をやっていこうという覚悟ができたんじゃないかなと思います。

演技指導について、こと細かくアドバイスをされますか?

今回は皆さんいい役者さんばかり集まっていたので、彼・彼女らから出てくるものを取捨選択していくという感じでしたね。ただ、人形の空気が抜けていくときにどういう風に膝が崩れるか、膝がスーと横に倒れていく倒れ方や、ARATAくんに息を吹き込まれるときのペ・ドゥナさんが顔に手をあてているシーンがあるのですが、そこにはこだわりました。片手でこうおさえてくれと。

漫画は出発点ですが、そこから随分離れているんです。

漫画で見たビジュアルに近い人をキャスティングされたのですか?

それは全く考えないです。別に誰かを批判するつもりはないですが(笑)、映画が漫画の絵をなぞってもしょうがないですよね。人間の表現というのはもっと複雑だと思うし。漫画の表現は、漫画特有の面白さがあるけれども、人間の表情というのはもっと複雑なものを表現できるはずなんですよ、本来。例えば漫画をなぞったりするような演技をすれば、それは非常にわかりやすい説明的なお芝居になってしまうんです。今回はそうではない、表現力をもった素晴らしい方々と映画をつくっています。漫画のコマ割りは、コマを目で追っていく、ページをめくる動作というのが前提にあり、コマの大きさや文字の配列が決まっているじゃないですか。それに比べて映画のスクリーンはずっと大きさが一緒なので、漫画とは全然別ものなんですね。ですから必然的に漫画のコマを並べただけでは、映画の編集や構成にはなっていかない。その考え方は大事だと思います。僕が原作の漫画からもらっているのは、「息を吹き込む、吹き込まれる、何かに満たされる」という、そのエロティックな描写です。漫画自体が描こうとした哲学は共有していると思うけれども、原作をそのまま再現してもわずか10分のものにしかならないので、それ以外のことはまわりの人間の描写をはじめ、その人形の生涯を際立たせるために、彼女がすれ違う人たちがどういう空虚感を抱えた人たちなのかということを出すことと、どうすれば彼女が空虚感をうめることができたのかが際立つかということを考えてつくっています。漫画は出発点ですが、着地点はそこから随分離れているんです。

板尾創路さんはどんな役者さんなのでしょう。

お笑いの「間」の掴み方って、演技に生かせるんですよね。そういう意味で板尾さんは素晴らしい役者だと思います。「空中庭園」や「ナイン・ソウルズ」という映画を観て、とにかく演技が上手いという印象を持っていたので、板尾さんがやってくれればただ気持ち悪い人だけではないわびしさ、せつなさを、気持ち悪さも残しつつ(笑)出してくれるだろうなと思い、お願いしました。

「非常にエモーショナルな画を撮りたいです」とお願いしました。

空気人形が好きな人の息で満たされ、ポンプを捨てて街へ冒険に出るシーンが印象的でした。

そうですね。それは二度と自分で膨らまさないという行為で、老いを受け入れてくという意味なんですね。人間にとってネガティブにしか捉えられないことなんだけど、人形にとっては同じことが繰り返されない、毎日が新鮮というポジティブな方向に進んでいるんです。そんな空気人形と、老いを受け入れられない人(余さん演じる受付嬢・佳子)がふとすれ違うのは面白いなと。それで余さんをベンチで人形の横に座らせたんです。人形が、体の線を消すファンデーションを佳子に渡すシーンのペ・ドゥナさんと余さんのやり取りは好きですね。

星野真里さんをはじめ、誰なのかがわからない方もいました。意外なキャスティングですね。

星野さん、とても可愛い方ですね。でも今回は全く笑わない、最後の一言以外、台詞もない役です。これは非常に贅沢というか、もったいないくらいの使い方をしていますね。星野さんは笑顔がとてもチャーミングな女優さんだから。今回はその魅力的な笑顔を奪ってしまったので、次はちゃんと彼女の笑顔を撮りたいと思います(笑)

はじめてお仕事をご一緒なさった撮影監督リー・ピンビンさんについてお聞かせ下さい。

ホウ・シャオシェン監督が以前東京で撮った「珈琲時光」という浅野忠信さんと一青窈さんが出ている作品の撮影現場に陣中見舞いに行ったときに(リーさんはカメラをしていたので)お会いして、「いつか一緒にやりたいです」という話はさせていただいていました。今回はラブストーリーなので、主人公の感情をどういう風に撮っていくかが非常に重要になってくるのと、風景一つひとつを彼女の心象風景として見せたいなと思っていました。これは非常に観念的な話になるのですが、風景を撮っても情感が感じられる、まさにホウ・シャオシェン監督作品のような風景の切り取り方が目指すところだったんです。そしてラブストーリーと言えば、ウォン・カーウァイ監督の「花様年華」で、やはりカメラはリーさん。オファーのときは、「非常にエモーショナルな画を撮りたいです」とお願いしました。

独特な映像の流れがあり印象深かったです。

人間の感情って何なんでしょうね。真剣に考えちゃいます。今回は映画の世界観に微妙なスピードの動きと音楽が作っているリズムが、非常にバランスがよかったと思います。

出来上がった画に「違う」と思うことは全くなかったです。

製作中、リー・ピンビン監督の画づくりの方向性と違うなと思うことなどはありましたか?

そんな話にはならなかったですね。映画をつくるにあたり、表現を一緒に考えていくのが面白いケースもありますが、「ここはどこから撮っていこうか」「もう少しカメラは下げた方がいいよ」とか、「レンズは何ミリにしよう」とか、そういったことは今回は一切なかったです。むしろ、このシーンをリーさんはどう撮るんだろうということを楽しみにしながら現場に臨んでいました。

広告美術の瀧本幹也さんの写真も素敵ですね。

アートディレクターの森本千絵さんからご紹介いただきました。森本さんは、僕と住んでいるマンションが同じなんですよ。一緒に暮らしているわけではないですよ(笑)森本さんとは、偶然エレベーターで乗り合わせるときがあったのですが、そのときに前回の作品(「歩いても 歩いても」)の試写状をお渡しして。そうするとその後、僕の郵便受けに映画の感想の書かれたお手紙が届きました。そういったやり取りを何度か繰り返し、いつかご一緒したいと思うようになった一人です。今までは僕の全作品を葛西薫さんというアートディレクターにお願いしているのですが、今回は、アートワーク全てを女の子でやりたかったんです。瀧本さんの写真は、一枚一枚が強いですよね。

最後にメッセージをお願いします。

この映画では、〈人間〉と〈人間でないもの〉の恋の話をつくりたいと思いました。非常に切ない愛の話です。ただ観終わった後に、ただせつないだけで終わる話ではなくて、人形が心を持ったことで出会ったことや見たもの、感じたことというのは、僕たちがそうであるように必ずしも美しいものだけではないんだよということ、それでも日常の時間だったり空間だったりには日頃見失っているような輝きやかけがえのなさが、人形の目線を通して描かれている映画だと思います。劇場を出た後にそれを再発見してもらえるようなきっかけになれる映画だとうれしいなと思います。

INFORMATION

「空気人形」
空っぽな人形が心を持ってしまったーー。
うれしくて切ない愛の物語。

©業田良家 / 小学館 / 2009「空気人形」製作委員会 写真 / 瀧本幹也

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  • 是枝裕和[Koreeda Hirokazu]
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    1962年、東京生まれ。1995年、初監督した映画「幻の光」が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2作目の「ワンダフルライフ」は、各国で高い評価を受け、世界30カ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。2004年、監督4作目の「誰も知らない」がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し、話題を呼ぶ。2006年「花よりもなほ」で〈仇打ち〉をテーマにした初の時代劇に挑戦。2008年には自身の実体験を反映させたホームドラマ「歩いても 歩いても」を発表、ブルーリボン賞監督賞受賞ほか国内外で高い評価を得る。同年12月には初のドキュメンタリー映画「大丈夫であるように -Cocco 終らない旅-」を公開した。

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