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VOICE 来福した旬な著名人にお話を聞いてきました。

  • PEOPLE
  • 2011.5.1 Sun

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vol.25 山下敦弘

映画監督

INTERVIEW

  • 山下敦弘[Nobuhiro Yamashita]
    映画監督
    1976年生まれ。高校在学中より自主映画制作を始め、95年、大阪芸術大学映像学科に入学、熊切和嘉監督と出会い「鬼畜大宴会」にスタッフとして参加。その後同期の向井康介、近藤龍人と共に短編映画を制作する。初の長篇「どんてん生活」で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。長編2作目の「ばかのハコ船」も各地の映画祭で絶賛され、その独特でオリジナリティ溢れる世界観が絶賛された。また、初の35ミリ撮影による「リンダ リンダ リンダ」で女子高生バンドの青春を瑞々しく描いてロングランヒットを記録。その後も中短編ドラマ等を十数本監督、熱狂的ファンも数多く、演出のオファーが絶えない。

TEXT BY

STAFF
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夢を共にした仲間との時間が蘇る。

評論家・川本三郎の回想録、「マイ・バック・ページ」。山下監督は、本作の映画化で初めて活字の原作を製作し、ジャーナリストの重い挫折の物語を見事、青春映画として昇華させている。時代に人に魅せられるあまり、自分の世界で主役になれなかった二人の男の話。今回は、そんな若き時代をテーマに、山下監督と同じく大阪芸術大学出身のAFRO福岡 クリエイティブディレクターの波田との対談形式により学生時代を追想してもらいながら、作品に込められたメッセージをひもといてみたいと思う。

若い人にしっかり観てもらえるよう、人間ドラマとしてつくりました。(山下監督)

波田(以下、H):まず映画を拝見し、自分が大芸(大阪芸術大学)にいた頃と変わらないと思いました。沢田の家を見て、自分の住んでいた所を思い出しましたね。

山下監督(以下、Y):喜志駅周辺にあるアパートですよね。

H:沢田と梅山が最初に会った夜のシーンは、本当に毎日繰り広げられていた事ですよね。実際に、先輩の家で僕だけが置き去りにされ、初対面の人に対し、「僕ギター弾けるんですよ」なんて言いながらギターを持ち「何が好きですか?」と聞くような、そんな会話のやりとりを僕もよくやっていました。

Y:あの部屋の感じやアジトの雰囲気は、見たことのある光景ですね。

H:そういった意味では、新聞社のシーンも映画への大きな役割を感じました。タバコを吸いながら仕事していたり、パソコンがなかったり、そんな所には時代を感じるんですが、ストーリーの背景には同感できることが多く、意外とストーリーに入りこんで見れました。映画の最初が、安保闘争や学生運動など難しい事が続くので、それが内容を緩和してくれました。

Y:そうですね。映画を正面から構えて見る形にはしたくないと思っていました。つくった僕らですら分からない時代の事を描いているので、無理をしないようにしました。若い人にしっかり観てもらえるよう、人間ドラマとしてつくりました。

演劇界のカリスマ二人を用いて、すんなり頭に入ってくる感じがしました。(波田)

H:ドキュメント系の映画は観た後、心にずっしりくるものが多いですよね。ただ、この作品は、最終的に自分の大学生の頃を思い出して懐かしくなる感じです。やはり、梅山みたいな男はいたから。

Y:ああいうやつ…いましたよね!(笑)

H:特に、大芸にはたくさんいた気がします!

Y:何でしょうね〜大阪芸大。まず大阪とつくのに、ほぼ奈良にある大学でしたからね。本当に、山の中にあるし独自の価値観で、自意識高い若者が集まっていましたよね。

H:梅山もそうだったように、何かを起こしたいけど全く筋道がない。みんな、何を考えて動いているのか分からない。ただ、活動家に対する憧れは強くて、「こんな風にしたい」や「ああなりたい」という気持ちはあって、だから行動するしかないような気になってる。それが案外気が付いた時には、自分の思い描いた未来になっているような人もいたりしましたよね。そんな夢が叶うこともまれにあったのが、学生時代だったのかなと思います。あと、京大と東大の議長のキャスティングには感動しました!

Y:ありがとうございます(笑)。

H:Piperの山内圭哉さんが京大のボスで、阿佐ヶ谷スパイダースの長塚圭史さんが東大のボスというのは、登場人物のキャラクター性を理解する上ですごく分かりやすい仕掛けだったと思います。演劇界のカリスマ二人を用いて、すんなり頭に入ってくる感じがしました。西の山内、東の長塚さん!みたいな。やはり、人は分かりやすいゴールラインを目がけて動くんだなぁと改めて感じました。梅山は、そんなカリスマの中に割って入り、自分の名前を上げようとしたんでしょうね。恐らく、そんな功名心が強いからこそ、人を巻き込むのが上手かったんですね。でも僕は確実に沢田タイプですけどね。

Y:結局、自分たちが誰の視点かと言うと、恐らく沢田ですよね。やはり、あっちにはいけないというか…。カリスマにはなれないけれど、すごく惹かれるものがある。僕は、脚本を書いている時、「沢田は優しすぎるだろ!」と何度も突っ込みたくなりました。ただ作り終えると、自分は沢田を通してしかこのストーリーを観られないんだと感じました。中平のような先輩が近くにいたし、梅山のような同級生もいました。願望と野心とのバランスが上手くつかない若い頃、気持ちがぐらぐらしている時の人は、みんな沢田に近いのかもしれませんね。

H:そうですね。沢田の視点だけでストーリーが展開するから、自然に感情移入できました。もし、他の記者として登場人物が多かったらドラマになっていない気がします。やはり、沢田という人はごく一般的な観点だと思います。もちろん、沢田もスクープを抜きたかったり、自分の仕事に夢があったりするんですが、梅山のような人に出会うと影響されてしまう。

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若い人に力があり、世の中にしっかりぶつかっていたと思います。(山下監督)

Y:映画では、梅山を少し特殊な人物として扱っていますが、大芸に行くと、まだあんな人たちがいますよね。僕たちがいた頃も、名残があった気がします。卒業したのに、何故かまだ大学の近くにいて、「お前らが入学する3、4年前は、もっと凄かったんたぜ!」みたいな事を偉そうに言ったりする人がたくさんいるんです。そう言う人が挑発するから、何か動かないといけないという焦りに繋がるんですね。

H:そうですね。その人の立つステージに行きたいと思ってしまう。そういえば僕の先輩でも、30歳を越えた大学生がいましたよ。その人は意味分からない武勇伝をよく言っていましたけど、なんだか気になるんですよ。そういえば、山内圭哉さん演じる前園みたいな人も大芸にはよくいた気がします。「なんだかすごそうな人、なんでも達観してそうな人」というキャラが。

Y:僕も、前園のキャラクターに関しては、関西人独特のオーラを感じています。こういう先輩がいたら、すごく説得力があって自分も取り込まれていただろうと思います。何も迷わない、その言動力が人を惹きつけてやまないんですね。あの独特な雰囲気は、山内圭哉さんだから出来たんだと思います。

H:1960年代は、ベトナム戦争をきっかけに、若者のいろいろな動きがあり、音楽や映画などカルチャーにも面白い動きがたくさんあってカリスマが多く生まれた時代だと思います。

Y:若い人に力があって、世の中にしっかりぶつかっていたと思います。当時、若い人たちは無意識だったかもしれないけれど、上の人間に対する反発が凄かったと思います。とくに、大学入学すると、初めて大人や先輩と直接向き合うから馬鹿正直に他人と揉めるんですよね。それで、「熱」が生まれる。時代により温度差はありますが、大学という枠にはそれがつねに存在していると思います。

人生観が一変するのは20歳前後だけど、長い人生の中でそれが全てではないことなんて当時の自分には全くわからなかったですね。(波田)

H:最後のシーン、梅山や沢田、その周りの人たちの暮らしぶりは印象深かったです。結局、社会人になり20歳前後の頃に目指していたものを今振り返って見ると、自分の中にたくさんあった夢なんて今はもうどうでもよくなってることが多いけど、それでいい。当時大事にしていた価値観なんてほとんど残っていないですから。人生観が一変するのは20歳前後だけど、長い人生の中でそれが全てではないことなんて当時の自分には全くわからなかったですね。

Y:今回の作品は、そんな多感な時期を過ごした4年間の縮図のようなものだと思います。原作はジャーナリストのドキュメンタリーですが、僕は、20代にある事件を起こした男二人が、それとどう向き合ったかという所を形にしました。僕の行った大学が少し特殊で自意識の強い人が多かったから思うのかもしれませんが、大学生活をおくった人にはこの映画の見え方が少し違うのかもしれません。

H:そうですね。大学には、良くも悪くも様々な価値観がありましたよね。それに、アルバイト以外は社会との接点もなく、自分の周りだけの価値観の中からどれが正しいかを判断していました。1960年代後半は、そんな学生の動きと政治が真っ向から勝負したから大惨事になってしまったんですね。

僕は、まだどこかで学生生活を引きずっているのかもしれません。(山下監督)

H:大義名分を持ち、それに爆発的なエネルギーも加えてしまうと怖いですね。梅山は、自分のやった事をきっと過ちだとは思っていないですよね。

Y:そうですね。梅山も沢田も本物になりたかったんです。今の自分は何者でもないから、革命家としての本物に、ジャーナリストとしての本物になりたいと思っていた。二人は、そこだけを見て進んでいくんですが、京大全共闘議長の前園や東大全共闘議長の唐谷という二人のカリスマが持つ、自分たちの積み重ねてきたものがないんです。彼らには、その事実があるから周りが後からついてくるんです。僕も、よく「映画監督にはどうしたらなれますか?」と聞かれますが、それは他人から教わる事でもなく…1から積み上げていき、ようやく10くらいになった時に初めて、誰かが「あの人監督らしいよ」と噂をすると思います。ただそう言う僕も、最初は焦りから映画をつくるようになりました。大学入学して1年間は、何もやれてなくて、2年生に上がる前、何か映画を撮らなければと慌てて8ミリ映画を始めました。

H:脚本をされた向井康介さんをはじめ、当時一緒に映画をつくった人たちと、これまでずっとやってきた感じですか?

Y:そうですね。大阪芸術大学出身の人はまだ周りにたくさんいます。2つ上の先輩の熊切和嘉監督を筆頭に、すごく勢いのある人たちと映画をつくっていました。そんな当時のメンバーが周りにたくさんいるから、僕は、まだどこかで学生生活を引きずっているのかもしれません。社会人としての溝がどんどん広がっていく感じもありますね(笑)。

H:でも完璧な社会人になってしまうと、この映画は撮れないですよね。

Y:視点が変わってしまいますね。もっと沢田よりになるかもしれない。だからこの作品は、梅山という人物に焦点を当て、イメージを膨らましてつくったんです。

『マイ・バック・ページ』は、ジャーナリストの観点から楽しむこともできるが、憧れや夢への挫折を機に、ひとりの大人として成長する男性の人生を垣間みることもできる。今回の対談からは、そんな後者の観点から映画を楽しんでみたいと思った。

INFORMATION

マイ・バック・ページ
5/28[土]公開
ユナイテッド・シネマキャナルシティ13 / ユナイテッド・シネマ福岡 他
©2011映画『マイ・バック・ページ』製作委員会

原作:川本三郎
監督:山下敦弘 脚本:向井康介
出演:妻夫木 聡 / 松山ケンイチ 他
音楽:ミト(クラムボン) / きだしゅんすけ
主題歌:「My Back Pages」真心ブラザーズ+奥田民生(キューンレコード)

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  • 山下敦弘[Nobuhiro Yamashita]
    映画監督
    1976年生まれ。高校在学中より自主映画制作を始め、95年、大阪芸術大学映像学科に入学、熊切和嘉監督と出会い「鬼畜大宴会」にスタッフとして参加。その後同期の向井康介、近藤龍人と共に短編映画を制作する。初の長篇「どんてん生活」で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。長編2作目の「ばかのハコ船」も各地の映画祭で絶賛され、その独特でオリジナリティ溢れる世界観が絶賛された。また、初の35ミリ撮影による「リンダ リンダ リンダ」で女子高生バンドの青春を瑞々しく描いてロングランヒットを記録。その後も中短編ドラマ等を十数本監督、熱狂的ファンも数多く、演出のオファーが絶えない。

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