VOICE 来福した旬な著名人にお話を聞いてきました。
VOICE TITLE
映画監督・脚本家
福岡の情報ポータル&ウェブマガジン
松たか子と阿部サダヲ。日本映画界において唯一無二の存在と言える演技派俳優二人が初共演で挑む映画「夢売るふたり」が、9/8公開される。物語は、飲食店を営む夫婦が火事で全てを失ったことを発端に、資金繰りのため結婚詐欺を繰り返していくというもの。女性にとって、人生の重要なテーマともいえる「結婚」を通し、女の本性をあばいていく。監督は、国内外の映画賞を総なめにし、著書「きのうの神様」が直木賞候補に選ばれるなどで注目される西川美和監督。鋭い視点と深い心理描写で展開されるストーリーに込めた想いを、監督自ら語ってもらった。
夫婦をはじめ、登場する女性達が色んな地方から来た人々で、地方出身者が寄り集まった土地として東京を描きたいと思いました。同郷である人達だけの親密さや小さな世界観の共有を表現したいと思っていました。私は広島出身なんですが、自分の方言にすると近視眼的な表現になりそうな気がして。また、結婚詐欺をする男の設定だったので、多くの女性をたぶらかすことのできるような男性像を、周りに聞いてみたんです。結果、九州の男性が一番格好良いという意見が多かったんです。博多弁は、どこか無骨な感じで、東京の人とは違う嘘のない感じが好印象なようです。それに情感もある。
女性役は、福岡の女友達に台本を送り修正してもらいました。男性役は、本作の音楽担当である、モアリズムのアントニオ佐々木さんに見てもらいました。アントニオ佐々木さんは、田川出身なんです。以前から、佐々木さんの言葉をすごく格好良いと思っていたので、脚本段階で佐々木さんに一言一句直してもらいました。あとは、福岡出身の演出家に現場に来てもらったり、その方が読んでくれた台本の録音テープを役者に聞いてもらったりしました。松たか子さんも阿部サダヲさんも耳がすごく良くて、音感やリズム感もあるので飲み込みは速かったですね。
私は、独身なので手探りでしかないんですが、やはり男女の仲って恋愛過程はいいけれど、結婚後が難しいと思うので、そこを描きたいと思いました。それに、 “良妻賢母”と言われる生き物を昔から怪しいと思ってました(笑)。
夫や子供など守るべき人のいる女性は、それらに対する愛情が時になりふり構わないことに対し、素晴らしいと思う反面、動物的で怖いと思っていました。妻であるからこその、彼女達のこだわりや我慢の仕方を、家族が全部理解しているかというとそうではなくて、妻のこだわりやプライドに、夫や子供達は意外と無頓着なんですよね。そんな所に、妻が抱えている何かがあり、それが意外と根深いものなのではと前から気になっていました。そんな妻という生き物を中心に、そうではない女性達の様々な生き方を描きたいと思いました。それで結婚詐欺という仕掛けを作れば、女性の両面を描けると思いました。
まず夫婦がいて、次にスタンダードに暮らす30代の女性を想定しました。結婚とは、自分が心からしたいと思ってするものだけではなく、ある種の義務感もあると思います。女性は、自分らしく生きなさいと親に言われながらも、結婚を期待され、結婚できないと自分に自信を無くしてしまいます。男性は、仕事をするのが当たり前とされているなかで、女性は未婚で働き続けていると、不完全な人のような扱いをされ不安を抱えてしまいます。あとは、不倫でもいいから自分が生きて行きやすい方法を選ぶ人もいて…。そんな女性達の悲喜交交を、作品に託しました。
自分自身があまり知らない世界の女性を出してみたいと思いました。ウエイトリフティングの選手や風俗嬢は、どんな想いを抱えながら生きているのか興味がありました。映画を作ることを言い訳に、その人達の世界を知りたいと思いました。実際彼女達に会ってみて、やはり登場させたいと思い、キャラクター造形をしていきました。
一番難しい役である里子から決めようと思い、42〜43歳の人で、人生経験があり姉さん女房みたいな人を探していました。ただ、私が女優さん達とプライベートでお付き合いがないので、どんな方がイメージに合っているのか分からなくて。そこで、あらゆる女優さんと共演されている、香川照之さんに相談しました。里子のイメージを委ねお聞きした所、松たか子さんをすすめられました。「松さんは清純なイメージがあるけれど、何を考えているのか得体が知れないところがある」と言われました。その後、映画「告白」を見に行き、納得しました。阿部サダヲさんは、ずっと前からご一緒したかった人ですし、とにかく器用な方だと思っていたのでお願いしました。阿部さんには、走り回るような役をやらせたいと思っていて、劇中でもよく走らせていますが、走る姿がすごくいいんです。今回は夫婦の話なんですが、実質的には妻をはじめ、様々な女性の所を、阿部さん演じる貫也が走り回るという狂言回し的な役だったので、阿部さんにお願いしました。
少し肩すかしなくらい、ありませんでした。普通、主役の人は作品を背負うんだという気負いもあるだろうし、中にはワッと情熱をぶつける俳優さんもいらっしゃる中で、暖簾に腕押しというくらい二人とも動じなかったです。私も最初は、どうアプローチしていいか難しかったんですが、夫婦それぞれの生い立ちや出会い、どんな暮らしをしていて、どんな性格の持ち主かなどを、A4の紙2~3枚にまとめて、松さんと阿部さんに読んでもらいました。二人からは、「こんなのをもらったのは初めてです」と言われました。私達は同世代なので、距離感、照れくささ、情熱、プレッシャーなど様々な想いがあったと思うんですが、みんな似ているようで、現場はすんなり運びました。私も、普段は自分のことを細かく話すタイプではありません。そんな人との距離感が三人ともよく似ていて、多くを語らずともこの人達とならやって行けると確信がありました。実際に、現場では二人とも細かい所まで全て頭に入っていて、完璧に役を演じてくれました。
二人は、「ヨーイ、スタート」と言えば全力で駆け抜けるんですが、カットと同時に静かに元に戻ります。三人で、あーでもないこーでもないと役作りに対し話し込んだことも無いし、とにかく私が言ったことに、「はい!わかりました!」と言ってやりこなすんです。私が、これから火をつけますよと言っても「はい!わかりました!」と言い、少し押されて壁にドーンってぶつかりますよと言っても「はい!わかりました!」と返事するだけで…本当に大丈夫ですか?と声をかけても、「はい!」と応えるような…本当に、得体の知れない2人でした(笑)。
変わらないですよ!映画のイメージに関わらず二人とも爽やかです。
実は、そう言って欲しかったんです。本作は、あの二人に救われている所が多いんです。ある種大人っぽくエグイ話なので。現場では、絵本の「ぐりとぐら」のようだと二人のことを言ってたんですが、二人の様が本当に可愛いんですよ。おかげで、この物語自体も二人は一緒に生きて行きていきたいんだと、語らずとも伝わったと思います。
自分自身が、海外映画をたくさん観て育ちました。映画の魅力は、知らない世界のことを、観て学べることだと思います。吹き替えや字幕を駆使すれば、自分の世界をどこまででも伝えられます。映画を観れば、遠い土地の人の暮らしや歴史が何となく分かるし、人種や社会が違っても、同じ人間なんだと思える所が映画の素敵な所ですし、私が救われて来た所なんです。映画は、文化交流が出来るメディアなので、これからもっと多方面で情報交換した方がいいと思います。トロント映画祭は、すごく大きな映画祭なので、この作品が異国の方に理解されるのかどうか興味深いです。夫婦のあり方や女性の生き方は、文化によって全く異なるので、イスラム圏の方や北欧の方がどう思うかなど、リアクションが楽しみですね。
今回の作品では、男女の仲がもっと深まるように、異性のことを少しでも分かるものを作りたいと思いました。女性を題材にしているので、女性に共感してもらいたいのはもちろんですが、男性に見たこと無い女性の人間臭い所を観てもらい、ああ女も男と変わらないくだらない生き物なんだと思ってもらいたい。そして、男女が恋愛感情だけではなく、もっと親密な想いを抱く間柄になればうれしいです。
9/8[土]公開
©2012「夢売るふたり」製作委員会
■映画『夢売るふたり』
その他の記事