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  • 2018.2.3 Sat

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岡島です、恐縮です #05 「珈琲館 亜木」とエピローグ

TEXT BY 岡島 佐和

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岡島 佐和
プロジェクトマネージャー

瓶ビールならサッポロ、ワインなら白、つまみなら鳥刺し派です。音楽なら、古いほうがいいですね。 あ、今日ですか?空いてますよ、今夜なら。

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メロン色の向こうの、夏の日。

あれは、暑いあつい夏の日。連日続く猛暑、天神の街の忙しなさと華やかさにフラフラと、日を避けるように迷い込んだ地下。

あの日は黒いノースリーブのワンピースで、肩に届くくらい髪が伸びていていたっけ。リュックをからっていた背中には、特に汗していたような。

地下に忽然と現れたその純喫茶が気になったのは、純喫茶好きだった人を好いていた夏があったことと、迷い込んだその日も同じく、その夏のうちの一日であったから。いとも簡単に人に染まりやすい当時の自分は、メロンソーダのミドリ色でした。

あれからもう何度か、夏が過ぎました。その彼も私に、純喫茶好きの性分だけを残して通り過ぎて行きました。

それでもその喫茶はまるで、いつも度量深くなんでも受け止めてくれるように変わらずそこにいてくれるような気がして、こうやって深煎りのホットコーヒーが恋しくなる何度めかの冬になっても、通い続けていたのでした。

きれいな飴色の壁に突然に現れた、白色の知らせが張り出されるまで。そんな日はあたりまえに続くのだろうと根拠なき安堵感を抱いて。

「珈琲館 亜木」の終焉

その“白い知らせ”というのは、2018年の本年3月を持って、「珈琲館 亜木」が閉店するというものでした。

亜木は天神コアの地下1階に佇む、天神コア創業の1976年から、その歴史を共にしてきた古き喫茶店。今年で42年を迎える、喫茶好きならばその名を知らない方はいらっしゃらないのでは、というほどの銘店です。飴色のきらきらと光るタイルにその身を包み、アラベスクを思わせる印象的な格子が映える姿がつややかな出で立ちのお店。

憧れの姿かたちを具現化したような美しいショーケースに、壁一面に広がる“世界”。思わず触れたくて手を出してみても、未だ届かない神秘的な世界観を演出する演者たちが足並みを揃えてその店を囲んでいます。

中はこっくりと深いブラウンと紅色の空間が、コーヒーの黒や、たまに混じる鮮やかなチェリーの赤やメロンソーダのミドリ色を引き立てるよう。少し暗めの店内に灯る白熱灯のあたたかみある明かりは、ろうそくに灯る火のような癒やしある印象です。

ビロードの紅色の、なんと美しいこと。

この日に頼んだのは深煎りのガテマラ、マロンケーキを添えて。寒い冬の日、あの日のようにメロンソーダを頼むことはためらわれました。ここのガテマラは本当に香り高くて、市内のコーヒーの中では個人的に上位にランクインする一品。あと何度、このガテマラが頂けるのだろうか。

コーヒーの他にも、プリンアラモードやパフェ、ホットケーキなどが忙しなく飛び交っていました。どれもショーケースから飛び出したような、うそのようにキマっているメニューばかり。それぞれの心持ちや腹持ちにピッタリと寄り添うような、きめ細やかな品揃い。

満席に近いホール、一人で忙しそうにしていた女将さん、奥のカウンターでコーヒーを淹れ続けるご主人。お二人とても小奇麗で、なるほどその空間を作り上げた主人公に、ふさわしいお姿でした。

深いコーヒーと、切なげにすら感じるタバコの香りの中に、常連はその人であろう老人や、若いカップルが本を読みふけっていたりと、実に老若男女、様々な人々が集っていました。みんなして、亜木という演目を支えているように。

亜木が舞台ならば、訪れた全ての人の物語では、ここはどんな場所になったのでしょう。「天神での長い勤めの物語」、「亡き人との想い出に生きる物語」、「至極のラブストーリー」でしょうか。

それぞれの胸に秘めたいくつもの物語をそっと取り出して再生してみる。長く続いてきたお店というのは、そんな物語が幾重にも重なりあった場所なのではないかと思います。お店という場所は、ただ飲食をしたり、モノを買うだけでないたくさんのアドリブが生まれる不思議な魅力があるから、やっぱりついつい通ってしまいます。

今日ここにいるお客様方も、お一人おひとりが、その主人公に類いなしです。こんなに長い記事をここまで読んでくださったあなたも、もうその主人公のお一人。こうやってたくさんの物語は作られていくはずでした。

その舞台がまたひとつ街から消えてしまうのは、悲しみ以外のなにものでもありません。舞台が減ってしまった街には、またかわりばんこの新しいステージができるのでしょうか。何かが壊されたと思ったら、駐車場やマンションに化けがちな街、新しい場所も、どうかステキな舞台であることを祈って。

もうこの店に、ノースリーブワンピースで汗ばみながら駆け込む季節は訪れないし、髪はばっちりショートになってしまいました。メロンソーダの奥に誰かを想うことももうないでしょう。私の亜木での物語も、しばらく再生される機会を失うんだろうと思います。亜木がその歴史の幕を閉じる日は近づくばかりです。

閉店までの日はどんどん短くなる一方。
でも、まだ日は残されています。

物語を作るには、まだ遅くはないですよ。

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岡島 佐和
プロジェクトマネージャー

瓶ビールならサッポロ、ワインなら白、つまみなら鳥刺し派です。音楽なら、古いほうがいいですね。 あ、今日ですか?空いてますよ、今夜なら。

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