VOICE 来福した旬な著名人にお話を聞いてきました。
広告、アパレル営業を経て編集・ライター職へ。 Netflixとお酒がないと生きていけません。
『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』など、骨太な社会派エンターテイメントを生み出してきた白石和彌監督が、沼田まほかるのベストセラー・ミステリー「彼女がその名を知らない鳥たち」を映画化。嫌な女・十和子、下劣な男・陣治、ゲスな男・水島、クズすぎる男・黒崎という“共感度0%”の登場人物が織り成す愛の物語に挑んだ監督に、作品への想いやエピソードを伺った。
幻冬舎にたまたま僕の高校の大先輩がいらっしゃって、映画『凶悪』で僕の存在を知ってくださってからずっとお世話になっているのですが、その方に「読んでみて」といくつか渡された本の中にこの作品がありました。基本的に陣治に対する十和子の悪口がずっと書かれているので、読んでいる最中は、何でこんな嫌な思いをしなくちゃいけないんだろうと苦しくて、ため息をつきながら読んだりしていたのですが、最後の数行を読んだ瞬間、世界が180度ガラリと変わる感覚がありました。それまで嫌だったものが、実は愛おしいものだったんだということに気づいて、たまらなくなったんですよね。それでこの作品が好きになって映画化することを決めました。
そうですね。ただ、いい題材さえあれば「無償の愛」「究極の愛」というものを撮りたいと思っていたので、心のどこかでずっと探していたような部分はあったと思います。
自分が原作を読んだときの感情だったり、読後感を大切にしながら表現するというところは意識しました。また、基本的には映画は主人公に感情移入するもので、今回ですと十和子の目線で描かれないといけないのでしょうが、この作品は特殊で、映画のスタートが十和子のクレームのシーンですからね(笑)。クレーマーにいきなり共感できる人は少ないでしょうから、観る人からどこまで嫌われていいか、突き放していいかというさじ加減にはすごく悩みましたが、最初はどこに向かっていくのかわからないというところから、ストーリーが進むにつれ、ミステリーなんだということが分かってきて、その影に隠れているうちに十和子のことが可哀想になってきて共感してしまうという流れに持っていくようにしました。
原作を読んだときから、十和子は蒼井優さんだと思っていました。ハードなシーンもある役なので断られるだろうと思っていましたが、最初に感じたことは大切にしたいと思って、ダメ元でオファーしたら受けていただけました。陣治役は十和子との年齢差が重要なので、45〜50歳くらいの俳優さんで探していて、阿部サダヲさんは陣治のように不潔なイメージはないですが、そもそもは劇団「大人計画」で汚れた役も演じていた方だから受けていただけるんじゃないかと思ったんです。そうしたら阿部さんに「映画で汚れる役をすごくやりたいと思っていたのでちょうどよかったです」と言っていただけて。松坂桃李さんも受けてくれるとは本当に思わなかった(笑)。あの突飛で薄っぺらい水島という役を乗り越えて演じきれる人はそういないと思います。松坂さん自身の根本にある誠実さが、役の見え方においてすごく重要でした。そして僕も結構ひどい人物をたくさん撮ってきましたが、黒崎はその中でもトップクラスですね。いいところが一つもないですからね。顔がいいとか声がいいとかだけで(笑)。でも好きになった方が負けというか、多少暴力を振るわれてもかっこいいし惚れちゃったから仕方がないみたいな、そういう女の人って意外と多いのではないかと思います。そういった意味でも、擁護のしようのないクズでも竹野内さんが演じると説得力がありますよね。最高のキャスティングだと思います。
竹野内さん演じる黒崎は非常に暴力的な役なので、そこにいくまでの気持ちや流れをどう作ろうかということは考えました。色々段階を踏んで暴力まで持っていけるほどのシーン数もなかったので、その隙間を埋める作業という感じですね。路地に車を入れて十和子を殴るシーンがあるのですが、そのままあの暴力に到達することは厳しいなと思って、喧嘩しているサラリーマンと学生を車の外に配置したりしました。そういう小さな要素が人の気持ちをイライラさせるんですよね。ただ面白かったのが、暴力シーンは演じている方も気持ちが高ぶってしまうので、黒崎が十和子を車から降ろして蹴って、「カット!」ってなった瞬間に、竹野内さんが「暴力はよくない!!」って言ったんです(笑)。心の底から優しい人なんだなと思いましたね。
陣治ですね。最終的にあんな愛の示し方は自分にはできないし、あんな一途な愛し方もできないと思うのですが、足蹴にされても、それでも愛してるから結局また何事もなく家に帰って行くっていう陣治に共感できる部分はありました。でも十和子に対してもそうなんですよね。散々暴言を吐きながらも陣治に依存していたり、刑事が家に来ても干しているブラジャーは気にせずテーブルの上に散らばった柿ピーを片付けるところとか(笑)、本当はこうすればいいはずなのについ間違った行動をしてしまう、突発的な人間らしさみたいなものには共感できますし、作品の中でもそういった部分を出すことは好きですね。
最初の方の、陣治と十和子がうどんを食べるシーンが好きです。色々考えてみると、「ほんと陣治は最悪やな〜」とか言われていた、まだ何も動いていなかったあのうどんの頃がいちばん幸せだったのではないかと思うので。ちなみに、実はあのシーンはうどんを作るところから阿部さんに全部やっていただいて、陣治は不潔な設定なので、運ぶときに、親指を汁についつい浸らせて持ってきて「そんなん食えるか〜!」みたいなくだりもあったのですが、入りきらなくてカットしました(笑)。
みんな和気あいあいとして言いたいことを言って、すごくいい現場でした。陣治と十和子が生活している閉じ込められた空間の世界観は東京では出せないと思ったので、全て大阪で撮影しました。滞在していた鶴橋には焼肉屋さんが多いので、早く終わったらみんなで焼肉を食べに行ったりもしていました。お疲れ様でしたと毎回家に帰ってリセットするのではなく、同じメンバーで煙にまみれながら焼肉を食べて、狭いホテルに帰って、また翌日早くから撮影してというやり方が、映画の世界観にもいい作用を生んだように思います。ただ現場では和気あいあいとはしながらも、水島と黒崎のシーンの撮影が進むにつれて映画としては愛がなくなり殺伐としてくるので、蒼井優さんが「愛されたいあたし…」とか言っていましたね(笑)。そんな感じもすごく面白かったです。
十和子が電話していると後ろの窓が倒れて黒崎が浜辺に立っているシーンがあるのですが、あれはCGを使っていません。黒崎は過去の人ですが、ただの回想シーンにするのは嫌でした。現在から過去へ行く過程をきちんと見せたいと思ったので、窓枠を作って実際に浜辺に持って行き、太陽の向きも計算してアナログで撮影しました。
これまでは犯罪が題材だったり、主に「ここにはいてはいけない世界」を描いてきましたが、この映画は「人の居場所とはこういうものなのかもしれない」と思わせてくれます。僕自身がもう一度観たいと思えたのは、この作品が初めてかもしれません。次に公開を控えている『孤狼の血』も刑事とヤクザの物語で、人体損壊したりとか結構大変なシーンがあったのですが、撮影中やっぱり疲れるわけですよ。監督自ら血のりを飛ばして、こっち違うよ!とか言いながら、もうへとへとになってホテルに帰って、『かの鳥』のエンディング曲を聞いて癒やされて、翌日また血まみれに、みたいな(笑)。なのでこの作品は、僕にとって心のオアシスのような映画ですね。
15歳年上の男・陣治と暮らしながらも、8年前に別れた男・黒崎のことが忘れられずにいる女・十和子。不潔で下品な陣治に嫌悪感を抱きながらも、彼の少ない稼ぎを頼って働きもせずに怠惰な毎日を過ごしていた。ある日、十和子が出会ったのは、どこか黒崎の面影がある妻子持ちの男・水島。彼との情事に溺れる十和子は、刑事から黒崎が行方不明だと告げられる。どれほど罵倒されても「十和子のためだったら何でもできる」と言い続ける陣治が執拗に自分を付け回していることを知った彼女は、黒崎の失踪に陣治が関わっていると疑い、水島にも危険が及ぶのではないかと怯えはじめる―。
■監督:白石和彌
■原作:沼田まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち」(幻冬舎文庫)
■出演:蒼井優 / 阿部サダヲ / 松坂桃李 / 村川絵梨 / 赤堀雅秋 / 赤澤ムック / 中嶋しゅう / 竹野内豊 ほか
■公式サイト:http://kanotori.com
■公開日:10月28日[土]
■劇場:T・ジョイ博多ほか
※R15+
© 2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
その他の記事