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  • 2017.11.20 Mon

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岡島です、恐縮です #03 「ビールと恋人」

TEXT BY 岡島 佐和

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岡島 佐和
プロジェクトマネージャー

瓶ビールならサッポロ、ワインなら白、つまみなら鳥刺し派です。音楽なら、古いほうがいいですね。 あ、今日ですか?空いてますよ、今夜なら。

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真夏のクリスマスソングに泣く

「冬がはじまるよ ホラまた僕の側で すごくうれしそうにビールを飲む横顔が良いね」、この曲のタイトルはなんでしたっけね?すみません、もちろん存じています。

冬が、はじまりましたね。夏、マイブームも特になく、それとなく流しているランダム再生に時折混じるクリスマスソングを、目を点にしながら飛ばすことすら忘れ、まるっと2曲ほど聴く癖があります。

この曲もそんな楽曲リストのうちの1曲。しかもこの曲、歌い出しが真夏の8月の恋人の誕生日に長袖と半袖のシャツをプレゼントするんですね。「ずっと僕らが一緒に過ごせるためのおまじない」なんて言うものだから、真夏とて耳を掴まれたまま、一向に離してくれません。

あぁ、過ぎし誕生日は4月だし、半袖も長袖も貰えなかった。仕方ない、いっちょビールでも飲もうかいな。それでは参ります、恐縮ですが。

“ビールの恋人”、餃子を求め巡る

北九州が餃子の街だと知ったのは今年の話。全国区のテレビで「3大餃子」のナンバーワンを、それぞれの街の名にかけて地元の応援団たちがアツく競い合うというものでした。何を競い合っていたかは忘れてしまったけれど、北九州の応援団の人数だけが異様に多かったことだけは、はっきりと覚えています。

角打ち・北九州の飲み文化が栄えた起源は前回も恐縮ながらうんちくを披露させて頂いたのですが、餃子も同じく。1901年、官営八幡製鉄所の労働者たちが肉体疲労を癒やすため、安くてスタミナの付くものを好んで求めたことが起源なんだとか。その後戦後の物資不足の時代にも、少ない食材でも美味しく楽しめる餃子は、市民の間でも定着したそう。

今日は北九州は黒崎におじゃまを。結婚していまは黒崎に住んでいるという、明るく気立ての良かった銀行員時代の友人。元気な赤ちゃんを授かったんだそうな。「元気でやってるかな」。彼女のように笑うと目が垂れる、愛らしい子なんだろうか。

黒崎駅から暮れゆく夕日に横目に、それでもやけに進んでいく足に驚かされながら、ものの5分ほどで1軒目に到着です。

[1軒目]黒崎「鉄なべ 本店」

鉄鍋餃子発祥のお店で半世紀以上の歴史があるというここ、「鉄なべ 本店」。博多中洲にもある「鉄なべ」さんとチェーン店?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、すいぶんと以前にのれん分けをしたお店のようです。

見分けのポイントはもちろんお店の看板まわりも明らかに異なりますが、黒崎の鉄なべさんは店名の「鉄」のつくりが「失」でなく「矢」、ということ。失うことがないように、という意味だそうです。縁起物でもある矢、なんだかちょっとありがたい気持ち。

では早速。焼き餃子(¥540)は一口サイズで薄皮のパリッとした食感が特長のあっさり味。1人前は10個入りでペロリ頂ける餃子は、飲むとたらふくお腹を膨らますビールと堂々の二人三脚。餃子もビールも、お互いに譲り合うような息がピタリの間柄に、思わずため息が。カウンターも鉄なべがそのまま置けるよう、一部が鉄板になっているという工夫が。おいしい食事というものは、食材も空間も、全てが味方するもののよう。

素材にはラードや動物性油脂は使わない、日本人の口にあわせたという餃子は、慎ましく、一歩引いて男性を立てるような大和撫子の姿を思い浮かばせるような味わいです。

カウンターの中ではお母さんたちが一個一個を丁寧に餃子を包む姿が。奥では2代目ご主人が餃子をしきりに焼いている。作る姿が目の前にあり、頂く食事。毎度夜深くまで酒場を楽しむ自分、楽しめるのは楽しませてくれるひとのおかげと、本当に頭が下がる思い。

忙しい中でも合間を縫っては、鉄なべについて教えてくださった3代目ご主人。帰りの道をお客さんが尋ねると、お店総出で声が上がります。冷たい冬の風もなんのその、そうか。ここは街の“暖炉”なのか。豚骨・かしわの香り効いたスープ餃子も頂きホカホカ、次のお店へ向かうことに。

2軒目、避けては通れないのれん

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岡島 佐和
プロジェクトマネージャー

瓶ビールならサッポロ、ワインなら白、つまみなら鳥刺し派です。音楽なら、古いほうがいいですね。 あ、今日ですか?空いてますよ、今夜なら。

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